減らす意識は人生を考え、感じることを思い出す
こんな記事を書くのだから言うまでもなく想像できると思うが、私の部屋は汚かった。テレビの前に積み上げられたマンガ本やゲームソフト、大量にある使わない服でパンパンのタンス。
「片づけようにも物が多すぎて片づけられない」から「しょうがない」と部屋も、自分の人生もそんな感じで生きていた。
仕事から帰宅したら心のモヤモヤを忘れるため強いお酒を飲み、テレビやスマホゲームで時間を潰し寝る。なんの目的もなく浪費することが癒しだと勘違いまでしていた。心の想いは「幸せになりたい」だが、幸せになる方法など知らないから、これが私のルーティンとなり、自分の物語を生きることを忘れ、気づけば時間だけは流れ去っていき、幸せの瞬間を感じ取る余裕もなくしていた。
なにがきっかけだったかは覚えていない、イメージ的には少しでも自分への負担を減らすために物を減らすことを始めたのだと思う。
物を減らしたことで、考え方や大切なものへの向き合い方、新たな気づきに出会えたのは確かだ。
物を減らす効果とは
物を減らしたら、「部屋が片付かない」という罪悪感から解放されただけでなく、物が少ないから決断する手間が減り、掃除するのがかなり楽になった。
「しなくてもいいかもしれない」は自分で作れるのだという気づきに出会えた。
「減らす意識」に目覚めたことで私は、この記事を書くにあたり「減らす」「時間」「習慣」に興味が湧いたのをきっかけに、多くの人の悩みや自分自身の悩みに触れながら調べてみた。
物を減らす効果8選
物を手にして初めて自分の物語に本当に必要かどうか「体験」できないから、物を買うことは罪ではない。が、その「経験」を忘れてはいけない。なぜなら、物に支配されてしまうから。
という名言が私の中で生まれてしまった・・「冗談はさておき」
今回は「物を減らす効果8選」についてお話ししていきます。
「片付け」からの解放
私の場合「片付けていた」と言うよりも、汚く見えないように綺麗に積み上げてみたり、見えないようにベッドの下や押し入れの中に突っ込んでいただけなのだ。何か1つの物を取り出しただけで元の「ごっちゃに戻る」仕組みになっていた。
数年前から物を少しづつ減らしたことでようやく気がつくことができた。
なぜ、片付かないのか?シンプルに物が多いからだった!
物から解放されたこと
- 物が少ないから、片付ける物がなくなった
- 物が少ないから、掃除する頻度が減った
- 物が少ないから、使った後に戻す習慣が簡単になった
- 物が少ないから、使う頻度を見分けられるようになった
- 物が少ないから、時間が増えた
- 物が少ないから、お金の使い方が変わった
物を減らしたことで、ビックリするくらい物から解放された。
物が少ないから決断する手間が減る
決断する手間が増えるだけで、かなり疲れることを知った。
たとえば、物を探す手間や置く場所を考える手間など決断するのにエネルギーが必要になる。
この少しずつエネルギーを使うことで最終的に「決断疲れ」になってしまう。
有名な話しだとスティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグが毎日、同じ服を着るのは、この「決断疲れ」による一日に使うエネルギーの消耗を減らすためとのこと。
とくに疲れて帰ってくる日に物が散らかっているのを目にすると疲れが増す気持ちになる。これも一見、なにもない出来事のように思うかもしれないけど「片付けるか?」「後で片付けるか?」と無意識な決断に迫られていたのだ。
朝起きてから寝るまでの間に人間は数万回の決断をしていると言われている。そう考えると「そりゃあ疲れるはな」と思ってしまった。
「家では決断する手間を減らしたい」物を減らしたことで叶った。
家でのストレスは減らせる
家でのストレスも「決断する手間」が関係してくる。
単純に家の中でも「やらなきゃいけない」ことがたくさんあったら「頑張った自分をいつ休ませるのか」が分からなくなっていき、しまいには家なのに「自分を休ませる」ことを忘れてしまいます。
正確には「休ませられる空間」ができていなかった。
ストレスを完全になくすことはできませんが「家は、頑張った自分を休ませる」場所なのだと私は思っています。
物が減った分「やらなきゃいけない」ことも減ります。「やらなきゃいけない」ことが減れば時間ができるだけでなく、スッキリとした気分にもなります。
「自分を休ませられる空間」は時間と余裕を取り戻すことです。
やらなくてもいいことがある
物を減らしていくと「やらなくてもいいこと」が浮き彫りになってきます。
たとえば、下の画像を見てください。
逆にどこを掃除するのか?
単純にこのぐらいスッキリさせることができたらロボット掃除機だけですむ。
面倒くさいことが減らせるのだ。
部屋と心の中は同じなのかもしれない。
人生をわざわざ複雑にしているのは自分自身なのだ。
お金を使うことは時間を使うこと
前までは「本当にほしい!」からお金を払うのではなく「なんとなくいいかも」でお金を使っては失敗し、働いた時間だけでなく、物を無駄にしていたと意識できるようになった。
人それぞれ「幸せになるお金の使い方」があると思います。
しかし自分にとって「幸せになるお金の使い方」を考える人は少ないと思いました。(私がそうだったので)
「お金を稼ぐ」ということは「自分の時間を使う」ということです。
自分の時間を使って「なんとなくいいかも」で、お金を払うのは損です。
集中したいことに集中できる空間
物を減らしたことで、物への価値観が変わった。
物を買う時、今の自分が大切にししたいことを基準に考えるようになった。
たとえば、睡眠を大切にしたいからベッドにはお金をかけた。ブログに集中できるようにパソコンデスクも購入した。
「集中したいことに集中できる空間は心地いい」
この、心地いい空間は自分の目的、目標が可視化でき集中力が上がることがわかった。
毎日の忙しさに流され「自分の空間」も「忙しさのまま」だった。
毎日の忙しさに「なれ」無意識に「流されるがままに」なっていた。
一度、立ち止まる瞬間に出会えたのは物を減らしたからだ。
災害時の対策として
地震や台風など、いつなにが起こるかわからない時代に生きている私たちにとって、日常からの備えはがとても大切です。
防災グッズをちゃんとそろえることも大事ですが、物は自分の手に負える量に制限した方が自然災害から身を守る対策になります。
なぜなら、地震が発生した際、棚から物が落ちてくるリスクや避難通路が塞がれてしうなどのリスクも減らせるからです。
物が多い=だめ、ではなく把握できないほどの物を減らすことで「本当に必要なものは少ない」と思えるようになります。
SDGsへの貢献
持続可能な世界を築くためにSDGsの目標の中には「つくる責任つかう責任」があります。
自分の物を減らすことは、一度立ち止って自分がどんな物を大切にしているのか、なにが本当に必要なのかを考える時間だと思っています。
一度立ち止まることは、その物に対する感謝の気持ちが生まれ不要な廃棄を防ぐことに繋がります。
「つくる責任つかう責任」私たち一人ひとりの意識と行動で、地球とそこに住む全ての命の未来をより良いものになるように持続可能な生活を目指して共に歩んでいきましょう。
幸せを考える空間
山ほどある「やらなきゃいけないこと」「考えなきゃいけないこと」に頭と心が騒がしく渋滞している。「本気で今の状態を変えたい」のに、「どう生きていきたいか」を考える気持ちの余裕や大切なものを優先するスペースがないのが現実です。
子供の頃を思い出してほしい。子供の頃は、ワクワクするイメージが思い浮かんだら迷わず飛び込んでいったはずだ。
そう感じると、ほんとう大人になると抱えているものが(ごちゃごちゃ)多すぎて自分の物語を楽しむことを忘れたように今に余裕を持てないでいる。
私は、物を減らすことで取捨選択という言葉に出会えた。
物を減らす中で「本当に必要か不必要か」の選択は自分で決められるということと、物だけでなく自分が生きる時間にも「必要か不必要か」が存在していて、それらを見極めていくことで幸福感は自分で守っていけるのだと思えた。
忘れられた宝物たち
物を減らし始めると、家の中に埋もれていた忘れられた宝物たちに出会えます。
あの頃の宝物たちは思い出に浸る時間をくれました。
心が温まる物だったり、黒歴史だと思える写真だったりと、当時の自分が感じていた喜びや悩みを思い出す「物との思い出」
物を減らすことは単に捨てる作業ではなく、昔の自分と対話する瞬間をくれたのです。
「昔の自分と対話する瞬間」で感じたことは、「物」と「思い出の価値」があるということ。
自分がどんな道を歩んできたのか、そしてその道を共にしてきた人々の大切さにも改めて感謝の気持ちが湧いてきます。
そして、思えたことは「過ぎ去った時間を取り戻すことはできない」今の自分が大切にしたいことを知り、大切にできる余裕と選択をしていきたいと思えた。
私の物語の中で出会えた「物たちへ」たくさんの思い出をありがとう。
私が、物を減らしたことで得られたことは、買う前に「本当に必要な物かどうか」と見極める意識です。無駄な買い物は「無駄に捨てる」ということを学びました。
物の価値
気づくと「これが手に入れば自分は変われる」や「これを持っていたら他者からすごいと思われる」と、自分の人生を豊かにしてくれる物を常に探していた。
まるで物に貢ぐことで自分の物語の価値が決まる、と思っているようだ。
人それぞれ最初は思い描いてた物語があったはずなのに・・いつのまにか「人から羨ましがれる物をそろえるために」「自分の心の穴を埋めてくれるかも」と物に期待しているのではないかと思う。
本当に大切にしなきゃいけないのは、誰よりも持っていることなのだろうか?
物を減らした私の実体験
片付けられない原因が物が増えすぎていたこに気づかずに「なぜこんなにも部屋が片付かない!?」と数年前の私は、嘆いていた。
空間からのプレゼント
物を減らしたことで、ただ繰り返すだけの日々に空間ができた。その空間にアフィリエイトブログという新しい出会いが入ってきた。
この出会いで閉ざしていた自分の物語を、また思い描こうと思えた。
そもそも人間は、生活の維持に必要な活動(安全、安心な暮らし)や人間関係の維持に必要な活動+睡眠、食事などの生理的欲求とも向き合わなければならないなど、一日24時間しかないのに自分の好きに過ごせる時間が少なすぎる。
休日は自分の気力、体力を回復させるのに使ってしまう。
やらなきゃいけないことが多すぎて、思考と感情がごちゃごちゃになり本当に大切にしたいことが、どんどんと心の底へと沈んでいく。
自分を生きる余裕をなくしていたのだと思う。
空間で得られた(思い出した)ことは、「時間の大切さ」「ワクワク感」「自分とは」だ。
「時間の大切さ」「ワクワク感」を思い出した時に誰のための選択を選んでいるのだろうかと「選ばなくてもいいこと」まで選んで苦しんでいる自分が浮き彫りになった。
「自分の幸せとはなんだろう」「なにを大切にした時間を過ごしたいのか」を追求する選択があることを忘れていたのだ。
物を減らす効果「まとめ」
- 物を手にして初めて自分の物語に本当に必要かどうか「体験」できないから、物を買うことは罪ではない。が、その「経験」を忘れてはいけない。なぜなら、物に支配されてしまうから。
- 心の自由は、物を手に入れてからの刺激ではない。心の自由は、自分の物語を本気で生きた刺激だ。
- 「しなくてもいいかもしれない」は自分で作れる。
- 無駄な買い物は「無駄に捨てる」ということ。
- 本当に大切にしなきゃいけないのは、誰よりも持っていることではない。
- 「過ぎ去った時間を取り戻すことはできない」物を減らすことは、これからの自分に本当に大切なものを見極めること。
「本当に必要なものは少ない」物に限らず、自分の人生で本当に得たいことも本当は少ない。
立ち止まって自分と向き合い、それを知ること「自分の情熱を思い出す」ことに自分の幸せのヒントがあるのだと思う。
- 時間を買う
- 時間を贈る
記事を読んでいただきありがとうございます。自分の時間をsmileに
コメント